リョコウバトの特徴、生態、生息地、絶滅の理由について解説 100年の時を経て復活?

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100年前に数億羽いたけど絶滅したリョコウバトの特徴、生態、生息地、繁殖、絶滅の理由について解説します。かつて大量に生息していたとされるこの鳥はなぜ絶滅してしまったのでしょうか?その理由や特徴、生態についてもすべて合わせて解説をしていきます。

リョコウバトとは? 基本ステータスについて

リョコウバトはハト目ハト科リョコウバト属に属する鳥類です。英名はPassenger Pigeon。学名はEctopistes migratorius。全長は40㎝くらいと言われており、野生の種では鳥類史上最も多くの数がいたと言われた鳥でした。

Japanese(和名)リョコウバト(漢字:旅行鳩)
English(英名)Passenger Pigeon
scientific name(学名)Ectopistes migratorius
classification(分類)Aves、 Columbiformes、Columbidae、Ectopistes
鳥綱、ハト目、ハト科、リョコウバト属
IUCN Status(保全状況)EXTINCT
Length(体長)40cm
Weight(体重)260 – 340 g

リョコウバトの生息地について

リョコウバトはアメリカの東部地域を中心に生息しておりました。自然のなかで上を通過するときは巨大な集団が現れ、空が暗くなるとまで言われていました。

特徴は?どんな感じの生物なのか?

リョコウバトは推定で一時は30億から50億羽いたとされる鳥です。オスの頭は青灰色、下面はバラ色、くちばしは黒、脚は赤色。メスはオスより色彩が地味。移動する群れは密集していたため空が黒く染まると言われてました。飛行スピードは速く、移動速度は時速約60マイルでした。これらのハトは北米東部の落葉樹林に生息し、主に五大湖周辺で活動をしていました。

リョコウバトの生態は?

リョコウバトは主にブナの木の実やどんぐり、栗を食べて生活をしていました。夏にはベリーなど柔らかい果実や無脊椎動物も捕食。リョコウバトは渡り鳥としても有名でした。夏の営巣地はニューヨークから五大湖周辺にかけて、越冬地はメキシコあたりに移動しておりました。あまりにも大群で移動することから、現地の人も日光が遮られて空が暗くなると言われていました。繁殖期は年に1度で1回の産卵数は1個だけでしたので繁殖力がとても低い鳥です。

リョコウバトはなぜ絶滅したのか?

北アメリカにいたリョコウバトはすでに絶滅をしてしまいました。残っているのは剥製の標本だけ。それではなぜそもそも絶滅をしてしまったのか?その理由を当時の記録や情報から原因を解説していきます。

人間による乱獲

リョコウバトはもともとアメリカの先住民族も肉として食べる文化がありました。しかし先住民たちはハトの繁殖期にはハト狩りを控えるなど配慮をしていたため絶滅することはありませんでした。しかし近代に入りヨーロッパ人が入植すると状況は変わります。19世紀に入り本格的に白人が入植すると、鳩もそうですがアメリカバイソンやプロングホーンも含めて狩猟するようになりました。ここから悲劇が始まりました。

過剰な狩猟

人間たちはインディアンたちを強制保留地へ追いやり、好き勝手に狩猟を始めます。食肉や飼料、布団の材料になる羽毛の採取を目的とした乱獲が始まったのです。リョコウバトの数は激減して減り続け、ヒナまで乱獲されることになりました。1878年にはミシガン州で10億近くのリョコウバトが虐殺され。19世紀末にはほぼ絶滅状態になってしまったのです。当時は保護を求める行動もありましたが無視されました。

森林の開発で壊滅

さらにこれに拍車をかけたのが人間による森林伐採と土地開発でした。リョコウバトは止まり木で休憩する性質を持っていて森林で生息していたのですが、森林がなくなることで地上で住宅街にも姿を見せ、そして狩られると言う負の連鎖が続きます。1910年にオハイオ州のシンシナティ動物園で飼育されていた雌のマーサだけが最後の生き残りになりました。しかし1914年に老衰で死亡し、絶滅が確定したのです。

100年ぶりの復活へ?

2012年、科学者のグループがリョコウバトのクローンを作成する研究プロジェクトを立ち上げ、技術で遺伝子操作によって絶滅種のリョコウバトの同じ形質を持つ鳥を作成する目的で動き始めました。カリフォルニア大学サンタクルーズ校のベン・ノバクのグループはリョコウバトの標本からDNAを抽出して、リョコウバトを復活させようという動きが起こっています。

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